Memorial Clover Chapter7


みんなで出掛けてから数週間後。
いつの間にか一学期最大のイベント体育祭が間近に迫っていた。


体育祭って言うのは授業の体育の延長。
何でも3000m走や棒高跳びとかいうのもあるらしい。
少なくともそんな大変そうなのには出たくないなぁ。


「それじゃあ体育祭で誰がどの競技に出るかを相談します。」


そんなこんなで、僕達のクラスでも競技の割り振りをする事になった。


「えーっと、まず50m走から。誰かいますか?」


スカイが司会となってクラスのみんなに呼びかける。
・・・でもね、そんな風にやると誰も手を挙げなかったりするんだよ。
案の定、誰も手を挙げなかった。


「じゃあこれは後回しにして、100m走に出たい人は?」


先と同じく誰も手を挙げない。
そのまま気まずい沈黙が教室を支配する。
クラスメイトはお前やれよとかお前がいいんじゃないかとかってヒソヒソしてるし。
何でこうみんな億劫になるのかなぁ。


「あーっ!もうじれったいわね!それじゃまた私が決めるわよ!文句は言わせないからね!」


そう言いながらポリ先生は黒板にガリガリと何かを書き始める。
数分後・・・僕は最初できあがった物が何なのか理解が出来なかった。


「はいそれじゃ出席番号1から順番にどの線を選ぶか決めてちょうだい。」
ポリ先生が描いたのは・・・もの凄くおっきいアミダくじ。
合計で30本の直線が色々な線で繋がれている。
なるほど、確かにこれなら文句のつけようがないかも。
結局最終的には運で決まっちゃうんだからね。



アミダくじの結果・・・僕は一番当たりたくないと思っていた200m走に当たってしまった。
全く。これ絶対神様が僕に何か嫉妬してるんじゃないかな?


「マクロは200m走か、いやついてないねぇ。あ、俺は100m走。まぁ比較的軽い奴だな。」
「私は300mハードルみたい。運動は得意だからちょうどいいかも。」
「私的には走り幅跳びってイマイチなんだけど・・・くじだからしょうがないよね。」


こうやってみんなの話聞いてると、僕だけが貧乏クジ引いたみたいだ。
だって200m走って各クラスのエース級の人が出てくるとかって噂もあるくらいだし。


「ま、マクロのが一番辛そうだけどな。クラスの為に気合い入れて走ってくれよ。」


ニョロはそう言いながらバシバシと僕の背中を叩いてきた。
だからさ・・・その背中叩くのやめてってば。
おかげで一瞬呼吸が止まりそうだよ。
ま、ウジウジ言っててもしょうがないし。
ここはクラスの為に頑張るとしましょうかね。


「まずは2週間で基礎体力作らないと。」


そう決意して僕は明日から毎朝ジョギングをすることに決めた。



〜体育祭前日〜

そんなことをしているうちに、いつの間にか体育祭が明日に迫っていた。
そして今の時刻は夕方の5時。
前日と次の日は授業免除でゆっくり休んでくださいって事らしいんだけど・・・。
残念ながら僕とミーナは学級委員として明日の準備にかり出されていた。


「あ、ソリティア君とクレィルさん。その跳び箱明日使うから用具室に戻しておいてねー。」


そう言いながらポリ先生は救護用のテントの様子を見に行った。


「用具室・・・ね。ミーナ場所は分かる?」
「えっと、確かグラウンドの実技教習用校舎の近くにあったと思ったんだけど。」


ミーナの言う通り、実技教習用校舎の近くに小屋があった。
入り口の上には大きな板に「用具室」と描いてある。
僕はポリ先生に借りたカギで用具室の扉を開けた。


カチャリ。と音を立て扉が開く。
そのまま僕とミーナは中へと入っていった。
用具室の中は思った以上に暗い。
今が夕方なのが幸いして幾分かはマシなんだけど。
これ夜になったりなんかしたらシャレにならないなぁ。
真っ暗な中の用具室なんて絶対嫌だしね。


「跳び箱ってこの辺りでいいよね?」
「そうだね。どうせ明日また使うんだし。」


入り口から奥の方に入って僕達は跳び箱を置く。
そしてそのまま帰ろうとした時、


「(ガスッ)いったいなぁ・・・あれ?」


突然上の方から落ちてきた何かが僕の頭に当たった。
目の前がグニャグニャと湾曲し始める。
そのまま僕は気を失った。


そしてその数分後。


「あら?用具室の鍵が開いてる?不用心ね。」


扉の前にある鍵をカチャリと閉める。


「これでよしっと。さて、今日の夕食は何にしようかしらねぇ。」


フンフンと鼻歌を歌いながら、ポリ先生は食堂へと向かって歩いていった。




☆ ☆ ☆



私が気がついた時、既に外は夜だった。
開かれた窓からは少し冷たい夜風が中に入ってきている。


「えっと、確かマクロ君と用具室に跳び箱を返しに来て・・・それから!?」


ぼやけていた頭がいきなり現実へと引き戻された。
そうだ、私マットの上で寝ちゃってたんだ。
でも何でマットの上なんかで寝てたんだろう?
う〜ん・・・思い出せない。


「そうだ・・・マクロ君は?」


周囲を見渡してみると、さっき置いた跳び箱の近くでマクロ君が倒れていた。
どうも気絶しているみたい。


「マクロ君、マクロ君?」


慌てて駆け寄りマクロ君の様子を見てみる。
少し体を揺すってみたけどなんの反応もない。


「ええっと、まずは誰かを呼びに行かなくちゃ。」


そう思って私は入り口のドアを開けようとする。
しかし、何故かドアは開かない。


「・・・まさか見回りの先生に閉められちゃった?」


もしそうだとしたら少なくとも明日の朝まではこのままって事になる。
幸い少し暖かいから凍えるって事は無いだろうけど。
どうしよう、マクロ君は気絶しちゃってるし。
いい知れない不安が私を襲ってきた。
そして胸が張り裂けそうになる。


「誰か・・・助けて。」


私は暗闇の中、そう呟いていた。



☆ ☆ ☆



次に僕が気づいたのは用具室の中だった。
辺りはすっかり暗くなって寮から漏れる光だけが見えている。
何で僕はこんな時間までここにいたんだろう?
ボケた頭でついさっきまで何をしていたのか考える。


「えっと、用具室に跳び箱を片付けに来て。その後確か帰ろうとしたら・・・あっ!」


そこまで言って僕に何が起こったのかを思い出した。
何か物の入った段ボールが僕の頭に落ちてきて、それで気絶してたんだ。


「どうしよう・・・こんなに外が暗いんじゃ多分外の鍵は閉められちゃってるなぁ。」


漠然とした不安を胸に、僕は何とかしようと思って周囲を見渡す。
そして視界の端に、一つの影を見つけた。


「・・・けて。」


その影が一言そう呟く。
最初はその影が誰かは分からなかったけど、恐らくさっきまで一緒にいたミーナだろう。
不安からか、体が小刻みに震えている。
きっとこんな事になっちゃって不安なんだ。
その責任は・・・僕にもあるから。


「・・・ミーナ。」


僕は近寄って震えているミーナを抱きしめた。
髪の毛からほのかにシャンプーの香りが漂い僕の鼻孔を刺激する。


「・・・大丈夫。僕が何とかするからね。」


そう言いながらギュッと力を入れてミーナを再び抱きしめた。


「あ、うん・・・」


暗くてよく顔は見えないけど、どうやらミーナは泣いているみたい。
しょうがないよね。僕だってどうしたらいいのか検討つかないんだから。
でもとりあえずミーナが落ち着いてくれたからよかった。


「・・・ね。こんな時になんだけど、私のお願い聞いてくれる?」


突然、僕の腕の中にいたミーナがそう言った。
こんな状況下のお願いって一体なんだろう?


「お願いって・・・んっ!」


僕がその続きを言う前に・・・ミーナは僕の唇に自分の唇を重ねてきた。
あの時、自分の部屋の前で起こった出来事がフィルムの巻き戻しの様に頭に鮮明に蘇る。
僕の頭の中は真っ白になってしまった。


ただ前と違うのは・・・キスの深さと時間。
ミーナは僕の口の中に自分の舌を滑り込ませ、僕の口内を舐め回している。
とてもいとおしく、大事な物を丁寧に扱っている様なミーナの行為が僕の頭を完全に支配した。
しばらくして、ミーナはちょっと名残惜しそうに唇を離してくれた。


「何でか分からないんだけど、マクロ君を見てたら体が火照っちゃって。
 きっと今まで男の人にこうやって抱かれた事なかったからかな?」


苦笑いしながら、ミーナはそう言った。


「今だから言っちゃうけど・・・私、マクロ君が好きだよ。もちろん、恋愛の対象としてね。」


さっきの苦笑いから一転。
ミーナは何のごまかしもなく、真顔で僕にそう言ってきた。
僕は正直呆気にとられすぐに返答する事は出来なかった。
でも、ミーナを好きな気持ちに偽りはないんだ。


だったら・・・。


「僕もミーナが好きだよ。僕でよかったら、喜んで。」


今度は僕の方からミーナにキスした。
さっきのミーナと同じ様に、お互いの舌を絡ませる。
そして唇を離した時、僕は何とも言えない気持ちになっていた。


「さって、現実問題ここをどうやって出るか考えよー。」


さっきの甘いムードから一転してミーナは用具室から出る方法を考えようと言ってきた。
・・・こっちはさっきの事で頭がいっぱいだって言うのになぁ。


「う〜ん、人が通る確率は凄い低いけど、用具室のドアを叩いてみるってのはどうかな?」


僕はとりあえず、一番現実的そうな意見を言ってみた。


「よし。それじゃそれやってみよっか。」


それを名案と言わんばかりに、ミーナは用具室のドアをガンガン叩き始める。
あんなに力入れなくても外には聞こえると思うんだけどね。
しばらくすると疲れたのか、ミーナは僕にバトンタッチしてきた。


まぁどうせ誰も来ないだろうけどね。
もうこんな所に用事がある人がいる時間じゃないし。
ダメもとで数回ドアを叩いてみると、


「・・・誰かいるのか?」


外から声が聞こえてきた。
一瞬これは夢?と僕は思った。
もう一度ドンドンとドアを叩いてみる。


「誰かいるんだな?」
「うん。カギが閉まって出られなくなったんだ。」


確実に外には誰かがいる。
外の声はどこかで聞き覚えがあるような感じがした。


「・・・その声。まさかマクロか?」


それで思い出した。この声の主はニョロだ。


「そうだよ!今ミーナも一緒にいるんだ。」


僕は大きな声を出して、現状をニョロに伝えた。
ニョロは扉の前で少々思案している。


「くそ、職員室もこの時間じゃダメだろうし・・・しょうがない。
 これからやる事を他の人に言ったらダメだからな。」


僕達にそう言い聞かせると、ニョロはドアに向かって何かを呟く。



「この ドアは 紙だ。」



途端、目の前のドアが大きな一枚の紙へと変化した。
その紙を破って、ニョロが用具室の中へと入ってくる。


「大丈夫か?ケガは・・・してない様だな。」


ニョロはミーナと僕に手を差しのばしてくれた。


「・・・ニョロ、今の魔術は?」
「俺の秘密技。コレできるって事は絶対誰にも言うなよ。」


ニョロはそれっきりこの術の話をしなかった。
その後僕達はそれぞれの寮に戻り、軽く夕食を取って眠りについた。
・・・でも実は用具室でミーナとキスした事が頭に残ってなかなか寝付けなかっただけどね。




明けて次の日。
今日はみんなが楽しみにしてた体育祭だ。
天気はもちろん雲一つ見えない快晴。
まぁ、僕としては少しぐらい曇っていた方がよかったんだけど。


それより昨日の用具室での事を思い出していた。
甘い大人のキス・・・ってのが昨日のアレなのかな?


それよりも気になるのが、昨日ニョロが使ったあの魔術。
今朝も問いつめてみたけど何か上手い具合にはぐらかされちゃったし。
今度じっくり質問してみなくちゃ。
鉄のドアを紙にする魔術なんて聞いた事がない。


「次は200m走です。参加選手はスタートラインに着いてください。」


何て事を考えているうちに、僕の出る競技の時間が来たみたいだ。


「おーし。次はマクロの競技だな。みんなで応援しようー!」


ニョロはクラスの応援旗を思いっきり振り回し始めた。
みんなもそれに引き続いて大きな声で応援してくれているみたい。


「ここまで応援されたら負ける訳にはいかないね。」


自分を叱咤し、鉢巻きをきつく結んでスタートラインに立つ。
練習した期間は短かったけど、それでも僕は絶対に勝つんだ!


「位置について・・・よーい・・・」


パンッ!とピストルが鳴ると同時に、僕はゴール目指して一気に加速した。



・・・・・・。



「以上で本日の体育祭を終了します。皆様お疲れ様でした。」


終了のアナウンスが校庭に放送される。
結局僕達のクラスは総合結果で2位だった。
後で聞いた話だと、僕の200m走の結果が2位だったのが結構響いたらしい。
まぁそれ以外にニョロやミーナの活躍が凄かったって話なんだけど。


僕はみんなが寮に帰る中で一人ぼんやりと校庭を眺めていた。
僕は時々、こういう風にしていたい時があるんだ。
物思いに耽るにはちょうどいいからね。


「あれ?マクロ君寮に戻らないの?」


ふと、後ろの方からミーナが声をかけてきた。
肩にタオルをかけて興味深そうにこちらを見ている。


「うん。ただ何となくこうして校庭を眺めていたかったんだ。」


そう言って僕はまた視線を校庭に戻す。


「隣。いいかな?」


僕は無言で頷き、空を見上げた。
空は鮮やかな朱色の衣を脱ぎ捨て、濃い蒼の衣に着替え初めている。
いつだったか、僕とミーナでこれと同じ空を見た時の記憶が読みがえってきた。
夕方と夜の境目。人では決して作り出せない神秘的な色。


「この景色、いつ見ても綺麗だよね。」


目を空にやり、まるで独り言の様にミーナは言う。
その目はどこか虚ろで、世界の果てを見ているかの様にもみえた。


「・・・そのうち。私の話を聞いてくれる?」


思い出したかの様にふと、ミーナは僕にそう言ってきた。
この雰囲気からすると・・・かなり大事な事みたいだ。


「わかったよ。そのうちね。」


何故かその提案を僕は快く受け入れていた。
多分ミーナの事を、ずっと大事に思っていたかったからなんだろうけど。



初めての恋を知る事が、必ずしも幸福になるとは限らない。


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