〜Memorial Clover〜 Chapter1



「・・・・・・・まだかぁー?」
そんなトゲトゲした声が玄関から聞こえた。
どうやら声の主はかなり怒っているようだ。

 


「ちょ、もうちょっと待って。今髪とかしてるから。」

 

僕は慌てて髪に櫛を入れる。

 


今日は僕達がガーデンに入学する日。
その為に早く起きたのはいいんだけど・・・うっかり居間で二度寝しちゃった。
だって朝早く起きて暖かい所でボーッとしてたら誰だって眠くなっちゃうじゃん。
おかげで準備万端だったはずなのに僕は今こうやって大焦りで身支度してる。

 


「ったく、早く起きて二度寝するなんて奴初めてみたぞ。
 後5分で支度終わらなかったら先行くぞー。」


「えー!ちょっと待ってよー!今支度終わるからさぁ。」


 

僕は急いで髪をとかし、顔を洗って自分の部屋に向かった。

 


幸い今日は入学式の準備の為の登校日。
だから遅刻してもいいんだけど・・・それはそれでやっぱよくないね。
ガーデンって所で生活するからその下見なんだ。

 


「後3分ー。」

 


そんな声が玄関から聞こえる。
僕は大慌てでカバンに必要な物を詰め込んだ。
入学案内と入学許可書、それに筆記用具・・・あれ?何か忘れてる気が?


「5分経ったぞー。先行くからなー。」

 


そんな事を考えてる暇はないみたい。

 



「ま、待ってー!今行くー!」

 


僕はカバンをひっつかむと急いで玄関を目指す。
彼は何だかんだ文句を言った割にちゃんと僕を待っててくれた。

 


「ゴメンっ。待っててくれてありがとうニョロ。」
「全く、そのクセやめろって言ってるのにのなぁ。これで何回目だ?
 それに、今日はお前の為に一緒に行ってやるんだからな。そこの所忘れるなよ?」
「うっ・・そ、そうだけどさ。とりあえず今日はよろしく。」

 


おうっと答えた彼の名前はニョロ・アシュレット。
僕の一番の友達なんだ。いわゆるマブタチ(?)って奴。
ニョロは竜種なんだけど、全然そんな感じはしない。
竜種の特徴から言うと珍しいタイプなんだって。
それでいてすっごく頭がいい。
天才ってひょっとしたらニョロみたいな事を言うんじゃないかな?

 


そんなお喋りをしながら、僕達はガーデンへと向かう。
ガーデンは今僕達がいるメルセデスって街から1時間ほどバスで行った所にあるんだ。
ちょっと遅くなったせいか、バスはもう行ってしまったみたいだけどね。
まぁ、これも僕が二度寝したのが悪いんだけどさ。

 


バス停に猫種の女の子が一人立っていた。

 


「ん?あれは・・・?もしかしてスカイ?おーい!スカイー?」

 


バス停前でたたずんで本を読んでる女の子が僕の声に反応して振り返る。

 


「あれ?マク君?どうしてこんな時間にバス停に居るの?
 てっきりニョロ君と一緒にもう行ったと思ったんだけど。」

 

そう言いながらスカイはまた本に視線を戻す。
・・・僕より本の方が面白いのかな?

 


彼女はリプトン・スカイ。
猫種の女の子でニョロと同じ様にとても頭がいいんだ。
そして、僕の幼なじみでもある。
家が近いって理由で小さい頃はよく2人で遊んだっけ。
そのうち僕がニョロと遊ぶようになってから・・・あんまり会ってなかったなぁ。
あ、マク君って僕の事だから。
何か知らないけど、スカイは僕をマク君と呼んだんだよなぁ。

 


「いや、こいつが朝二度寝したとかでさ。おかげでかなり予定狂ったんだ。
 ホントはこれの2本位前に乗るつもりだったんだぜ?」

 


ニョロは今朝の事をスカイに話し始める。
・・・いいじゃんか。
ちょっと失敗した位・・・ってこれが一回じゃないからかぁ。
ハァ、と僕はため息をつく。

 


「ふふっ。相変わらずだね。マク君も少しはしっかりしなきゃダメだよ?」

 


そう言ってスカイはまた本に視線を落とした。

 


そう言われると僕は反応できない。
・・・何か昔から僕ってどっか抜けてるみたい。
そこを逆撫でしないで攻撃してくる所は流石って感じかな。


でも僕を無視してまで読んでるあの本は何だろう?

 


「ねぇ?今何の本読んでるの?」

 

ちょっと気になったから僕はスカイに聞いてみた。


「これ?幻術の基礎問題集。入学要項に書いてあったけど、
 入学時に試験みたいなのがあるみたいよ。それでちょっと勉強をね。」


「え・・・試験?」

 

僕は最初スカイが何でそんな事を言っているか分からなかった。

 

でも、確か要項には・・・

 


[本学入学時、奇跡の実技を行っていただきます。]

 


って書いてあった気も。

 


「あれって試験なの!?」

 


僕は驚いて手に持ってたカバンを地面に落としてしまった。
となりではニョロが何故か不思議そうに僕を見ている。

 


「マクロ、もしかして試験あるって分かんなかったのか?」

 


どうやらニョロもその事をちゃんと知っていたらしい。
そして僕達の入学式は明後日・・・。

 


「ど・どうしよう!僕試験何て難しいの出来ないよ。」

 


それもそうだ。
僕の成績は地元の学校でも中の下。
それでいていつも失敗ばっかりしてるんだ。
一時はわざと失敗してるんじゃないかって言われたくらい。

 


「あ、大丈夫。先輩の話だと試験は大して難しくないってよ。
 ほら、学校で習った奇跡の起源とかそう言うのを実践しなさい事みたいだよ。
 要は・・・自分の種族の奇跡を使えばいいって事だよ。」

 

スカイはオドオドしてる僕を見てクスクス笑っている。
・・・それなら僕でも出来る。
ニョロやスカイみたく上手くは出来ないけど、基本だけなら何とかなるよ。
そんなちょっとした希望は、

 


「でも確か毎年学校の質を上げる為に難しくしてるらしいぜ?
 何でも下手な問題に当たったら大人でも解けないって話もよく聞くぞ?」

 

ニョロのこの言葉で吹っ飛んでしまった。


「んー、それはただ単に運がなかったんじゃない?
 先輩は確か幻術を使ってトカゲを10匹以上眠らせるって試験だったらしいし。」

 


さりげなく、スカイは僕にフォローを入れてくれたみたい。
ここの辺りの気配りは流石幼なじみって思えるね。

 


「んー、そんなもんか。ちなみにうちの先輩は5大元素を全部使って五行を示せって奴。
 そんなの出来る奴なんでそうそう居ないな。おかげであっちでの生活は散々だったって話だぜ?」

 


ニョロ?そこまで僕をいじめたいの?
・・・昔から思ってたけど、ニョロって結構僕をいじめたがるんだ。
前だってちょっと失敗した事を何度も大袈裟に語るし。
この辺はちょっとイヤだけど・・・まぁ一番の友達だから許してあげようっと。

 


「はぁー。ニョロ達の話聞いてたら何か自信なくなってきちゃったよ。
 ねぇ?その試験でどういう事が決まるの?」
僕はスカイに今一番気になってる事を聞いてみた。

 


「ええっと、確かまずそれで寮とクラスが決まるらしいね。
 成績のいい順でA,B,C,D,Eの5つに分かれるらしいよ。」

 


ちょっと、それってつまり優等生クラスと普通クラスに思いっきり分かれるって事じゃないの?
そんな事をお構いなしとスカイは話を続ける。

 


「クラス替えは卒業まで一度もないらしいし、クラスによって授業の難易度も違うみたいよ。
 万が一クラス最悪だったらイヤだよねぇ。ま、人格に問題がある場合は特別クラスに分けられるらしいけど。」

 


ふーんと僕は納得した。それはそうだよ。
クラスで暴走する子がいたらそれはそれで厄介だしね。

 


「で、次に寮の話なんだけど。ガーデン内には5つの寮があってね。
 それぞれ五行の火、水、木、土、金って文字が寮の名前の中に入ってるって。」

 


五行とはこの世界を構成をしている元素の名前。
霊長類は種を構成してるけど、五行は世界そのものを作ってるらしい。
それぞれ相克・・・だか何だかって言って。
火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝つ・・・だったと思うけど。
別名で確か5大元素って言うんじゃなかったかな?

 


「中は男子寮と女子寮に分かれてるのは言うまでもないよね?
 寮はかなり立派だって話を聞かされるけど、ホントの所は今日行って実際に見てみないとわからないから。」

 

そんな風にスカイからガーデンの話を聞いていると、バスの走る音が向こうから聞こえてきた。

 


「あ、バス来たみたいだね。せっかくだからさ、3人で一緒に見回ろうよ。」
「別にいいよね?ニョロ?」
「ん?俺は別にかまわないぞ?と言うかこれだったら俺いらなかったかもな。」

 

3人の前でバスが止まり、扉が開いた。

 


「よーっし。それじゃ今日は3人で楽しもーっ!」

 


そんな声を僕が上げると、スカイが僕の服の裾を引っ張った。

 


「ちょ、バスには私たちだけ乗ってる訳じゃないんだから。恥ずかしいってば。」

 

そう言われてみると、バスに乗ってた他のお客さんはクスクス笑っている。
途端、自分でも分かるくらい顔が真っ赤になった。

 


「そうやってみるとマクロは可愛いな。
 そんな所がマクロのいいとこって事で。さっさと行こうぜ。」

 


ニョロに押されて僕がバスに乗ろうとした時、スカイは手を差し出してくれた。
「あ、ありがと。」
その手を握り返して、僕はバスに乗る。
その後すぐにバスは走りだした。

 


全く。今日は下見だって言うのに何だかなぁ、もう。
そう言えば、さっき握ったスカイの手。
随分冷たかったけどどうしたんだろう?

 




スカイに過去にどんな試験があったかを聞いてるうちにバスはガーデンに到着した。

 


でも何だかなぁ・・・。
試験ってホントにバラバラなんだ。
さっき言ってた五行を示せって奴もあればただ単に魔術数式を解く問題。
どっちにしろ、簡単なのが当たって欲しいなぁ。
地元の学校の成績がガーデンに送られてるらしいから、それを考慮して出してくれるってスカイは言ったけどね。
ちなみに、僕には魔術、ニョロには魔法、スカイには幻術の試験が課されるらしい。
これは各種が最も得意とするもので受けられるって話だけど、大抵みんなそんな感じで分けられるって。
これの変更は当日試験監督者に申し出れば変えられるってさ。

 


僕達はバスを降りてガーデンの大きな門の前に立った。
・・・とにかくおっきい。
ただでさえ小さい僕がさらに小さく見える位に高かった。
門は大体5m位・・・かな?

 


「今年度入学予定者はこちらのゲートからお入りくださいー。」

 


門の右側の方からそんな声が聞こえた。
どうやらこっちは正門で、声がした所は勝手口みたい。
僕たちはその声に従いって右側へ移動する。

 


「ようこそ。クローバー・メモリーへ。
 許可書を確認しますので、提示をお願いします。」

 


クローバー・メモリーって言うのが僕達が入学する予定のガーデン。
ガーデンはここ意外にもあって、それぞれが草とか花の名前だったって話を聞いた気がする。


「名前は・・・マクロさん、ニョロさん、スカイさんですね。はい。確認完了です。どうぞお通りください。」

 


そう言って僕達が勝手口を通ろうとした時、

 


「わわわわーっ!だ・誰か止めてー!キャー!」

 

何てとんでもない叫び声が聞こえた。

 


慌てて僕達は後ろを振り向く。
門から少し離れた所・・・50m位先から何かがこっちに向かって走ってくる。
声から察するに女の子みたいだ。

 


でも何であんなにスピードが出るんだろう?
あの子が乗っているのは多分自転車だろうけど、物理的に考えてあのスピードは不可能だ。
まぁ、多分特殊な機能があの自転車に備わってるんだろうけど。

 


何て考えてるうちに女の子を乗せた自転車は10m近く前まで迫っていた。

 


「ブレーキ壊れてちゃってたみたいー!誰かー!」

 


他の人達もこの声に気づいたみたい。
でも誰も止められないよ、だってあの自転車もの凄いスピードなんだもん。

 


「やれやれ・・・我、土の行に命ず。対象の動きを止めたまへ。」

 


ニョロは地面にてを当てて短く呟く。
途端地面が割れ、女の子の自転車という対象を押さえ込む。

 


「キャーッ!止まったのはいいんだけどー。」
いきなりの急ブレーキで女の子の体は宙を舞った。

 


「マクロ。後は任せた。」

 


ニョロはサラッとそんな事を僕に言う。
・・・ちょっと待って。それってかなり危ない事じゃないの?
考えるより早くその女の子は僕に向かって飛んできていた。

 


「うわわわわっ!」

 


慌てて受け身の体勢を取ったけど、普段何にもしてない僕じゃ付け焼き刃。
その子の体を受け止められたのはいいけど、僕はそのまま後ろに倒れ込んでしまった。

 


「マク君大丈・・・!?」

 

慌てて駆け寄ったスカイは言葉を失っているようだ。

 


そのまま大丈夫って言ってくれたっていいじゃん・・・。

 


「ふにっ。」

 


あれ?この柔らかい感触は何だろう?
それを確かめようとして、僕は目を開けて状況を確認した。
視界がぼやけてる・・・多分今頭を打った一時的なものだろう。
何かニョロが「おお!」とかって言ってるのが聞こえる。
一体何があったって言うんだ。

 


僕はそう思いながらも立ち上がろうとした。
でも何か重い物が体に乗ってるみたい。
そして視界が回復してその重い物の正体が見えてきた。

 


「・・・・」
「・・・・」

 


目が合った瞬間、僕とその子の時は止まった。
それと同時にさっきの柔らかい物も何だか理解できた。

 


「え・・あ・・・キャーッ!」

 


叫び声で僕は我に返る。
柔らかい物の正体かその子の胸の膨らみだったみたいだ。

 


途端、僕の顔がカーっと音を立てて赤くなった。

 


「ななななんで?どうして?え・・あ・・・。」

 


その子慌てて僕から離れると一人で意味不明な言葉を放っていた。
相当混乱して支離滅裂になってる。


「まぁ、落ち着いて。今状況を説明してあげるね。」
その暴走ぶりがあまりにも凄かった為、スカイ意外の誰もが口を挟めないでいた。
・・・・・・・驚いたのはこっちだよ。
いきなり女の子がこっちに向かって飛んできたんだから。

 



そう。これが最初の・・・彼女との出会いだった。

 


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